固定概念とサングラス

 「固定概念をなくそう委員会」を作りたい。というのも僕が高校時代からあるひとつの夢が理由です。その夢とはサングラスをカッコよく装着できる男になりたい。世間一般におけるサングラスに対する固定概念が2017年時点で完全に凝り固まっており、ほぐれない状況にございます。

 一部例外の方もいらっしゃるかと存じますが、サングラスに対するイメージといえば「ヤンキー」「視力や眼球に何らかの理由がある人」「タモリ」の三択の方がほとんどかと思われます。違います。もともとサングラスとはファッションアイテム、つまりは自らのアイデンティティーをアピールするためのものなのです。

 ふと気になってサングラスのルーツを辿ってみようとWikipediaを開いてみたらもう一気に心が重くなりましたよ。開いて最初に読んだ一行に何と書いてあったと思いますか。「日差しや強い照明から眼を守るために着用する保護眼鏡のこと」ですって。保護眼鏡ですって。ホゴメガネ。こんな堅苦しい言い回しをしたらかけられるサングラスもかけられないというものです。失礼ですがこの文章を書かれた方は眼球に角膜とか虹彩が無い方で常に黒目が広がっているのでしょうか? それだったら前述のイメージにおける「視力や眼球に何らかの理由がある人」に該当します。日光のせいにしてはいけません。人間は本来光を調節して角膜の奥で像を結ぶ眼球の作りをしていることは義務教育中に習ったはずなのです。ではなぜサングラスが存在するのか。そう、ファッションだからです。皆様もそろそろ目が覚めてきた頃なのではないでしょうか。

 

 しかしながら僕とて弱い人間です。電車の女子高生の笑い声が聞こえたら身だしなみを確認してしまうほどの弱い心を持ち合わせた人間ですのでそんな洗脳と言う名の固定概念にまみれた世界でサングラスを威風堂々と装着できる勇気など持ち合わせておりません。僕がサングラスを装着し犬の散歩でもしようものなら点字ブロックの上を歩かないと声をかけられそうなほどに僕はサングラスが似合いません。ここまでお読みになられた方は薄々感づいていらっしゃるかもしれませんが、もうこれは固定概念とか関係なく僕の顔がサングラスに似合っていないから買いたいけど買えないだけなのです。だけどそれだけのことをブログにただ書くのも味気がないので無理やりに内容を引き伸ばしました。いかがでしたか。明日もまた読んでくれるかな(いいとも)。