原点回帰

 Twitterのアカウントを消したことにあたり、様々な方々が理由を聞かれてそのたびに「人間トラブル」とか「勝手に消えた」とか嘘をつくのも疲れたのでこの際この場を借りて明言させていただきますが単純に「要らねぇ」って思ったんです。朝起きて逐一「おはようございます」と書き込んだり、ふと夜になって「あ、今日なにもツイートしてないや。なんかツイートしないと」と追われるような気持ちになるのがバカバカしくなってしまったのです。その思いはかれこれ2年ぐらいはズルズルと引きずっていたのですが思い切った挙に出る決意が固まりました。ツイートしている時間すっごい無駄。っていうか冷静に考えたらTwitterって書くことあまり無いじゃないですか。思ってることをそのまま垂れ流すだけだったら自白剤をギュンギュンに打ち込まれた捕虜と変わんないですよ。だったらちゃんとした文章の形でまとめられるブログのほうがいいやと思い、ブログ再開です。今までも幾度となくブログを再開しては「これTwitterでいいことばっかりだ」と1週間足らずでブログを消してまいりましたが、逆でした。機能性や自由度を考えたらブログの方がいい。なのでTwitterのほうを消した運びとなりました。

 

 しかしながらTwitterが無いといくつも不便なことが出てきたことも事実です。まずサイト登録。今日び何かのサイトに登録するためにはメールアドレスを入力してパスワードを設定して等と面倒な事をする必要がないのです。Twitterアカウント。これ一つでだいたいのサイトは登録できるようになりました。なので今の僕は馬鹿真面目にメールアドレスを入力してはパスワードを設定し、そのパスワードを忘れないように記録するという手順が不可欠になっております。久々の感覚ですが、面倒です。こんな面倒なことを僕達はwindowsが家庭に普及して2000年代前半まで行っていたのです。否、今が便利すぎるのでしょう。僕も現代社会の利便性に依存した堕落豚に成り下がってしまったのです。死にたい。

 

 実際にはメリットもあります。何よりもTwitterをやっていたとき無意識に感じていた「監視されているような感覚」がなくなったため、幾分か心が自由になりました。好きなタイミングで好きな考え方をしていいし、ブログでどんな表現もしていいのかと考えると開放感があります。あとは見たくもないものや知りたくないものを知る必要がなくなりました。これはかなり大きいです。ここ数年の情報技術の発達たるや韋駄天と呼ぶべきか記録と記憶が追いつかないほどにドッグイヤーSNSで手軽に情報を得ることができるようになったぶん、逆に多くの情報を手軽に発信できるようにもなったため心無い言葉や非人道的なものすらも肯定の声が上がるような時代になってしまいました。もちろん取捨選択をすればいい話ではあるのですが、それが五感のどれかに感じ取った瞬間の不快の須臾は偽れません。それがほぼゼロになるということは素晴らしいことです。ただでさえ外歩くだけでも排気ガスを吸ってるのにインターネットの世界でまで心を汚したくありません。これはブログなどではあまり無いことですので、嬉しく思っています。これからもなるべくおだやかに生きたいものです。