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広告業界にいる方々、目指す方々へ

コラム

 ワタクシ、上司に仕事を辞める旨を伝えてまいりました。摩擦で火がつくほどに引き止められましたが、それでも意思は変わらないことを伝えると納得していただき、無事に職を辞す方向へと事が進み始めました。

 

 「そういう事で辞める人は他でも同じ理由で辞めたくなるよ」

 「僕も若いときはもっともっと苦労したからなあ」

 「今辞めるのは勿体無いと思わない?」

 

 かなり内容が詰まった会話でしたが、そのような事も言われました。一理あると思います。上司の経験則上、嘘ではないのだと思います。苦労もされたでしょうし、今僕が勤めている会社は大手企業である事には変わりないから、勿体無いことでもあるのかもしれません。

 しかしながら多くの人が「じゃあ電通に就職したい?」と聞かれたら首を傾げるところでしょう。つい最近若い女性が過労死するという痛ましいニュースが世間を騒がせた現状で、より世間一般は「労働時間」「過労」「残業」などといった言葉に敏感になっていることと思います。

 

 退職を決意してほんの少しだけ仕事と距離を空けて俯瞰的に思ったことは、広告業界という世界の価値観の異常性についてです。

 ハッキリ言ってこの業界は異常です。よほどの意地か情熱を持ち合わせていないと普通の人間は耐えられない世界だと思います。広告など(媒体にもよりますが)薄利多売も良いところで給料に見合った仕事など約束されないのが常なのです。

 

 僕はこの業界に5〜6年いる計算になりますがその内の3年間、僕は営業マンでした。客に対して土下座したこともありますし、そのうえで頭を踏まれたこともあります。多くの屈辱を味わいながらも社会の縮図の片鱗を身を以て学んだ時間だったと思います。クライアントの下に営業がいて、営業の下にクリエイティブスタッフがいて、クリエイティブスタッフの下に外注がいるという明確なヒエラルキーです。当然ながら広告代理店が売り物にしているものは広告です。それを制作するという根幹に近い部分に近づけば近づくほどピラミッドの下層に向かっているという異常性が当たり前にされている状態です。変ですよね。

 本来あるべき理想形はギブアンドテイクが明確である対等な関係です。クライアントは金を払う。営業は誠意を払う。クリエイティブスタッフと外注は商品を作る。その交換が一定のサークル内で行われ配慮しあうのが理想です。しかしその中に誰かのエゴイズムが介入した瞬間に歪みが生じるのです。必要以上に安く買いたいクライアント。ストレスを隠せず態度に出す営業。時間の無さやストレスによりクオリティを落とすクリエイティブスタッフと外注。このままでは不満は膨らみ、秩序が乱れてしまいます。しかしながらBtoBの関係や組織を保つために形だけは仕事として回らないといけないから、膨れ上がった様々なエゴイズムを暗黙のヒエラルキーで枠に嵌めて無理やりに業務を進行しているような気がしてならないのです。それが多くの広告代理店の現状だと思います。

 

 何より多くの広告代理店関係者が憂いているのは労働時間。10時間以上の労働は当然で、終電で帰ることが多い業種です。労基法を守るべきだなんて月並み当たり前な事は今更口にしたくはありませんが、これにも理由があると思います。

 あくまで上記の上下関係のくだりは一例ですが、これに限らず広告代理店の人間は多くの人が何らかの不満を抱いていると思います。社会人ならば必ず通る通過儀礼のようなストレスというよりも、モラルや常識に沿った不満が多い印象です。その不満こそが仕事のパフォーマンスを著しく悪くし、業務の停滞を招いているとも考えられますがそもそも広告代理店の在り方が異常なのです。

 あの天下の電通でさえ社員が朝までの労働を強いられているような現状です。もちろん企業とは競争するものですから現状に甘んじることなどあるはずがありませんが、それにしても繰り返しますが広告業界の労働時間は異常です。原因は明確で広告から得る費用対効果と各企業が目標に掲げている目標金額がそれぞれの社員のスキルに見合っていないからに他ならないと僕は信じて疑いません。

 

 こればっかりは主観と偏見ですが、営業マンの7割は無能の思考です。その特徴としては「安ければクライアントはやってくれる」と思っているのです。そういう営業マンは上司から「数字取ってこい」と圧をかけられればかけられるほど安い値段で多くの仕事を持ってこようとします。しかしそうしてしまうと値段は安いけど仕事が多い、薄利多売というケースが出来上がってしまうわけです。

 ハッキリ言ってこれは間違いです。僕の営業としてある程度の成績を残した経験と、有能かつ尊敬に値する先輩営業マンから学んだ事を以てして言わせてもらえれば「高くてもやりたいと思えばやる」が正解です。例を上げるのであれば無能営業マンは「このボールペンは10本で100円です。つまり1本で10円です。文具店の1割程度の価格で買えます」と言って物を売っているのです。ハッキリ言ってこんなこと営業のプロとしてやる仕事ではありません。バカでも出来ます。

 それを1000円で売るのであれば「こちらのボールペンは人体の構造を理解したグリップで作られているので10時間働いても手が疲れない仕様になっています。仕事をする上で“疲れないための買い物”は長い目で見れば絶対に無駄にはならないです」とでも言って売るべきなのです。もちろん言葉だけではなく話すときのテンポなども関係してきますが、僕が何よりも伝えたいことは「値段を下げたり安く売るのは商品の価値を下げている行為と覚えろ。安物を売るだけの安い営業になるな」ということです。偉そうなことを言ってしまってごめんなさい。

 

 「そうだそうだ!」と思ってくれたクリエイターの方々、ありがとうございます。しかしながら僕も含めてあなた方にも問題はあるかもしれませんよ。まず座って下さい。

 まず前提として「売れるものを作っているか?」ということが重要です。勤めて3年は経験している方々に関してその点は問題ないかと思いますが、勤めて半年とかそれ以下とかその程度の勤務期間で営業やクライアントに文句を言うのはお門違いというものです。上司の教育や営業の態度など多くの要因はあるのでしょうが、一度制作したものを見つめ直して「それを自分で売りに行けるか?」ということを考えてみて下さい。行けるなら問題なし。営業をグーで殴ってもいいです。行けないなら原因を考えてください。スキル不足なのか、客の意図が不明瞭なのかわかりませんが、自分で探すべきものをある程度探すという作業を行ったのかを見つめ直して下さい。最低限でも行わないと営業に対しても酷です。安物を作るデザイナーになってしまったら素人に毛が生えた程度の「ちょっとデザインできる人」程度の扱いになってしまいます。バイトだろうが正社員だろうがモノ作りで、想像でお金が発生するという最高の感動を忘れないでください。僕らはプロフェッショナルです。意識を過剰に高く持てば見合わない分だけ負担にしかなりませんが、気を引き締める程度には意識を高く持つべきだと僕は考えます。

 

 営業やデザイナー、並びに広告関係者の方々に知っていただきたいのはこの業界を回しているのは広告ではなく人間だということです。そこにエゴイズムが介入すれば不要なヒエラルキーが発生したりと人と人の間に優劣が生まれ、苦しむ人間が出てくるのです。視点を広く持つだけの話です。だからそれぞれがそれぞれの都合で枠に嵌めないで、この業界が良い意味の自由がある形に変わっていけば嬉しいなと僕は切に願って止みません。

 

 退職を決意してからというものの宇宙を宛もなくさまようような不安と恍惚を味わいながら、職を辞すときを待ち続けている現状でございます。これを読んで不快に思われた方々は大変申し訳ありません。あくまで一個人の感想や思想と距離をあけてご理解いただけたら幸いです。

 僕は今の会社を辞めてもまたデザイナーをやりたいと思っております。だって自分がつくったものが街や雑誌や新聞などで飾られて誰かのためになるなんて、感動的じゃないですか。素晴らしい仕事なんですよ広告業は。だからこそ、本当に惜しい。